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CATEGORY[ひとり言]
コメント[ 0 ]TB[ ] 2009年06月28日23:28



───確か、この辺のはずなんだけど…。

渡されたメモを頼りに来たはいいが、そのあまりに手抜きな地図にブツブツ文句を言いながらも、大通りから一本路地裏へ入ったところで正面に英国風のパブが見えた。
建物にはTHE JUNEと書かれている、間違いない。
本場イギリスで入ったのと変わらない作り、こんなところに随分本格的なパブがあるものだなと思いながらも、今はそれをゆっくり堪能している場合ではないのだから。
大きく深呼吸すると、覚悟を決めて黒い扉を開ける。
週末の夜、時間的にも会社帰りのOLやサラリーマンで店内は既に込み合っていたが、聞かなくても自然とカウンター席にいる男性に目が行った。

「いらっしゃいませ」という声は意外にも女性、彼女は店主さんだろうか?待ち合わせだと察してにっこり微笑んだ。
安物の既製品ではない濃紺のスーツにカラーが斬新な、恐らくフランスの有名ブランドも物であろうネクタイを合わせられる若い男性はそうそういない。
空いていた彼の隣の席にさり気なく座る。

「あの、知己(ともき)さんですか?」

「お約束していた、亜衣(あい)と言います。今夜はよろしくお願いし───」言いかけたところで、思わず口をつぐむ。
契約上、知己(ともき)という名前しか聞いていなかったのと、横顔だけではわからなかったが、彼は…。
───げっ。この男性(ひと)って、もしかして、もしかしなくても、うちの会社の若社長じゃないのっ!!
何でまた、こんな人がこんなサービスを利用すんのよ。
親友の優美(ゆうみ)の話では、彼は今回初めてのお客様だと言っていたけど、実は趣味だったりして…。
って、それよりあたしが同じ会社で事務員やってるのがバレたりしたら、どうすんのよっ。
クビ?
このご時勢、正社員で雇ってもらえただけでも御の字だというのに、例え一度でもいかがわしい(ちょっと語弊?があるけど)バイトをしていたというのが知れたら。
あっ、でも相手が若社長だったら、どっちもどっちか。

「亜衣さん、どうかした?何か飲む?それとも、食事に」
「あっ、いえ。じゃあ、せっかくなのでビールを」

彼の前にあるものと同じものを頼む。
先に飲まずにはやってられないというところもあるが、面と向かって高級レストランなんぞに入った日には、何を話していいものやら。
今だって何を話していいか、わからないんだけど…。

「私、今日が初めてなんです。だから、満足いただけないかもしれないんですけど」
「そんなこと、気にしなくても。嫌なこととか忘れて、お互い楽しく過ごせればいいんじゃないかな」

その、楽しく過ごすのが一番の問題なんじゃないかと思ったが、こうなったら若社長相手にいっちょやってやろうじゃないの。

「乾杯しようか」
「はい」

カチンとグラスを合わせると半分を一気に飲み干した。

「かぁーっ、仕事帰りの一杯は格別だわ」
「仕事帰り?」
「はっ、いえいえ。昼間は、コンビニでバイトをしているもので」

危うく、仕事をしているのがバレるところだったわ。

「大変だね。昼夜働いて」
「その分、お金がいただけますから。えっと、知己(ともき)さんは、お仕事何をなさってるんですか?」
「僕?何に見える?」

───社長のクセに。
知ってて言えないけど…。

「そうですね。高そうなスーツ着てるし、社長さんとか?あっ、もしかして危ない仕事とか」
「あはは、危ない仕事か。君の勘は鋭いな」
「えっ、そうなんですか?」
「いや、社長って方。本当は会社の経営なんて、僕には向いてないんだ。だけど、たまたま長男で生まれただけって理由で半ば強制的にさせられて」

現会長が社長を退いたのは一年ほど前のこと、後を継いだ若社長は頭も切れるし、ルックスもいい。
自慢の息子が20代で企業のトップになったのは誰もが当然のことだと思っていたが、本人の意思に反していたとは。

「知己(ともき)さんは、何になりたかったんですか?」
「笑わないって約束してくれる?」

一応、「えぇ」と返したものの。
───なりたかったものって、笑っちゃうような職業なの?

「落語家」
「落語って、あの落語?!」

───扇子を持ちながら、お蕎麦とかズルズルって、お後がよろしいようでとかいう、あの落語?
えぇぇっ、若社長が落語ぉ?

ぷっ

「やっぱり、笑ったね」
「いっ、いえ。決して笑ったりはっ…」

「いいんだ、無理に抑えなくっても。これでも、大学時代は落ち研でさ。学祭なんかじゃ、結構ウケたんだけどね」と話す彼からはとても想像できないが、イケメン落語家?ちょっと見てみたい気もする。

「今はもう、やってないんですか?落語は」
「卒業後は真剣に入門しようと思って師匠の家に行ったことはあるんだけど、あっさり家の者に連れ戻されたよ」

「これでも、師匠には素質があるって認められたんだけどね。才能がないって、きっぱり言われれば諦めもついたんだけど」彼はビールを飲み干すと大きく溜め息を吐いた。
社長の息子なんだからと周りからしてみれば、何を贅沢なと思うことも、生まれた時から決められたレールを進まなければならない者にとっては辛い選択だったのだろう。
だけど、諦めるのはまだ早いんじゃない?
若いんだし。

「ねぇ、私に見せて」
「見せてって、落語を?」
「そう」

「今から?」と驚きの表情を見せる知己(ともき)の腕を引っ張ると「早くっ」と席を立つ。
もう少しこの店にいたかったが今夜は時間がない、「また、来ます」と店を出ると大通りを流れていたタクシーを捕まえて彼を押し込む。
向かった先は、滅多に足を踏み入れることのない高級ホテル。
───これくらい、社長なんだから贅沢させてもらってもいいわよね?

「亜衣さん、まさか…」
「いいから、早く入って」

別にそういうことをするわけじゃなかったが、ここならゆっくり彼の落語を堪能しながら美味しい物も食べられるという、正に一石二鳥!!
知己(ともき)が頼んだサービスには彼女と食事をしながらおしゃべりしたりとしか書いていなかったので、予想外の展開にどう対応していいかわからない。

「亜衣さん」
「デラックスツインの部屋しか空いてなかったけど、支払いは知己(ともき)さん持ちでお願いね」
「はぁ」

彼女の勢いに、今は素直に従うしかないだろう。



To be continued...


お名前提供:知己(Tomoki)/亜衣(Ai)… りすさま


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